記者の眼(第672号)

2016年の本屋大賞受賞作「羊と鋼の森」が6月上旬に映画化された。青年ピアノ調律師の成長物語。音色の奥深さに魅せられた道内の山村出身者が主人公で、地元の楽器店に就職し歩み出すところから物語は始まる。

印象的な文章が映画でも登場する。理想とする音について、ベテラン調律師が小説家・原民喜の言葉を引用して青年に語る。「明るく静かに澄んで懐かしい文体、少しは甘えているようでありながら、きびしく深いものを湛えている文体、夢のように美しいが現実のようにたしかな文体」―。

著者である宮下奈都さんが、作品を通して理想とする文章を示したものだと感じた。人気作家の村上春樹さんの場合、処女作「風の歌を聴け」の冒頭で、「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね」と記していたのを再確認した。恐縮だが、同じ物書きの端くれとして、とても考えさせられている。

理想とする住宅とは?―。多くの工務店が向き合う命題だと思う。やはり探し求めていくことが肝心なのだろう。(K)